アドニスたちの庭にて

    “カボチャはいかが?”

 
とあるJR路線の、ちょいと郊外に入りかかるすんでに、
実はJRより古いのではなかろうかという閑静なお屋敷町があり。
その山の手、坂の上には、
某ミッション系男子校の、
初等科から大学院までを取り揃えた広大な敷地が存在し。
幼稚舎や初等科、中等部は随分と後年に設けられたもの、
最も古いは高等部だとか。
そんなせいだろか、伸び盛りの男の子たちの制服は、
幼い和子らがブレザータイプで統一されているにも関わらず、
高等部のそれだけが、古式ゆかしき詰襟で。
進路が分かれる頃合いでもあるせいだろか、
いかにも“特別”な時期の少年たちが、
そろそろ色づき始める木立ちの、
秋錦が彩る校庭のそこここで。
無邪気だったり繊細だったりするお顔、
様々に垣間見せてもいたりして……。




 「そういや、
  ここってハロウィンの祭りは一切やんないんだな。」

何とはなく秋めきの雰囲気出して始めましたのに、
そんな風情などしったことかとの暢気に、
それはあっけらかんとしたお声を発してくれたのは。
ここ、白騎士学園高等部の、
前生徒会を副会長として仕切っていた 甲斐谷 陸くん、三年生。
実質は九月末に行われる代替わりの選挙でもって引退するのだが、
その直後の10月に催される“白騎士祭り”の、
様々な指揮を執る新規生徒会の補佐をするのが、
生徒会主幹らには最後のお務めであり。
それを乗り切ったばかりのまったりとした空気だからこそ、
ふと、そんな他愛のないこと、思いついたのやもしれぬ。
クラスが同じなのみならず、
大変な役職だった彼を、見守る格好でお付き合いして来た瀬那くんとしては、

 “いきなり暇になったんで気が抜けたのかなぁ?”

そんな感慨がちらり。
昔むかしは、
春の終わり頃からという準備期間からを、
しっかと見守って来た学園祭を仕切ってから、
選挙、交替という流れだったらしいのだが、
それだと引き継ぎが不十分なそれになる。
近年は特に、学外受験も珍しくはなくなったものだから、
三年生らは大学への受験に専念せねばならぬので、
新生生徒会をフォローしてやるどころじゃない身となってしまう。
それどころか、そんな先を思えばと、
指揮官向きの人望ある人材が、
だのに、受験に専念したいのでと、
そもそもの会長や副会長への推薦さえ受けてくれないケースも出たのへ、
これは少々由々しきことかもと、案じられた時代が過去にあり。
その辺りからこんな順番にずれ込んだのだそうで。
よって、役職はとうに失効しているし、
慌ただしかった行事も終えて、
やっとのこと、まったりを堪能している彼なれど。
そちらも退部している格好の演劇部のクリスマス公演へ、
実は 客演参加することが決まっているそうで。
そちらでのバタバタが始めるのを前にして…という、
微妙な興奮や緊迫への予兆も抱えてのこと。
尚のこと、暢気な発言も零れてしまう心境にあるらしく。

 「ハロウィンって、確か10月末日だよね。」
 「ああ。でもまあ、最近じゃあ夏休み明けたらって勢いで、
  まだまだ残暑も厳しいのに、
  フェスティバルだのフェアだのあちこちでやってるけどな。」

だってのに、ここのガッコじゃあ、
あんまり関係ありそなイベントをやんねぇだろ?と。
キリスト教の行事なのになと不思議がっておいでであるらしいが、

 「う〜ん、
  最近こそ知名度も上がったけど、
  昔はあんまりメジャーなものじゃなかったからじゃないのかな。」

確か幼稚舎じゃあ、秋のお遊戯会が増えたとか聞いたけど、
それ以外の学部では、既存の行事が詰まってもいるんだろしねと。
何とか無難なお返事を返したセナだったのへ。
窓の桟に敷いた腕の上へ頬を載せ、

 「そっか?
  けど、いわばキリスト教の“お盆”みたいなもんだろにな。」

聞いた話じゃ、
アメリカのハイスクールなぞでは、
昼間っから仮装大会状態らしいっていうしよと。
自分で言ってから、だが、すぐさま くつくつと笑い出し、

 「ゾンビや狼男に扮した連中が教室を埋める図ってのは、
  ここじゃあ さすがに想像出来ないが。」

 「……そうだねvv」

彼のお言いようへは、
セナもまた、一瞬 目を見張ったものの、
その後すぐにも ついつい吹き出してしまったほど。
名門とはいえ、それほどお堅い学園じゃない。
あくまでも生徒たちの自主性を尊重し、
校則もさほどに厳格厳重じゃあないけれど、
それとは別な、気風というか気質というのか。
お祭り騒ぎは嫌いじゃあないが、
子供っぽいおふざけにはあんまり食指が動かぬという、
妙なところに大人びた空気がちらり。
昨年の学園祭で、彼らが企画した“男女逆転のメイド喫茶”には、
洒落っ気があったればこそで お客も動員出来たのだけれど。
ハロウィンの、それも仮装とまで砕けたものには、
しかも見に来る人もいないのならば 尚のこと、
あんまり参加者は募れないような気もしたりする。

 「砕けているけど、だってのにちゃんとした宗教行事だしねぇ。」

 「そうそう。
  一応はミサというか、
  聖なる行事だっていう“核”も設けにゃならないだろし。」

そなれば、学校側からの許可だっているだろうから、
そっか、いろいろ繁雑だから、
これまでも わざわざ何かやってみようって声は挙がらなかったんだなと。
自己解決したらしき陸くんだったものの、
窓の外へと視線を戻しかかった、微妙に童顔な面差しに似合わぬ、
切れ長の目許が、ふっと眇められ、

 「でもさ、桜庭さんあたりなら。」
 「……あ。」

彼らの先達にして、世界レベルのコンツェルン、桜花産業の御曹司。
柔らかな物腰をし、隙のない貴公子でありながら、
その陰ではちょいとお茶目な目論みも立ててたあの人ならば、

 「そうだね。
  生徒会長なんて忙しい身じゃあなかったら、
  何か企画なさっていたかも。」

全部を聞かずとも、察しがついたらしいセナくんの言いようへ、

 「何かそれって、残念な気もするんだけどな。」

陸くんまでもがクスクスとの苦笑をし。
巻き込まれなかったからこそだろか、
和やかな微笑いようにて、そんなのほのほしたお言いようをする、
次世代の後輩さんたちだけれども。


  ―― 大学部の学園祭は11月開催だそうですし、
     ハロウィンにしても本番当日は来週の日曜。

これから何にか、
お呼び出しがかかっても知らないぞ?と言いたいか、
色づき始めたポプラの梢、
秋風がさわさわ、渡っていったのでありました。
(苦笑)





   〜Fine〜  2010.10.25.


  *ちなみに、別のお部屋の某女学園でも、
   ミッション系でありながらハロウィンの催しがないのは、
   学園祭の真っ只中、きっちり重なってしまうからだそうですよvv

  *それはともかく。
   高校生時代は、ある意味“公務”で忙しく、
   個人的な催しを企画出来ない身だった誰か様ですが。
   大学では割りとフリーな身の上ですからね。
   一回生の間なんてのは、
   結構ハメ外しだって出来ようからと、
   パーティー仕様の
   ハロウィンの集いとか企画するかも知んないぞ?
   かわいらしい仮装をしての
   “パンプキンボーイズ”とかに(何だそりゃ?)
   召喚されなきゃいんですけどもね。
(苦笑)


ご感想はこちらへvv***

戻る